Tuesday, November 6, 2012

もう6年


実家で一緒だったマオが死んで昨日で丸6年でした。
たまにしか実家に帰らない私は未だマオのいない実家に慣れておらず、
玄関のドアやベランダの窓はマオが逃げ出さないようにささっと閉めてしまうし、
妹のベッドの布団の膨らみを見るとマオが中で寝ているのではないかと
触って確認してからしか上に座ったりできず、
そうしてしまった後に一人で苦笑いです。
でも反対に、マオのいない生活に慣れてしまっている家族を見ると
少し腹立たしく悲しくなります。

もう6年も経ったから仕方がないのかな。


2 comments:

  1. 記憶から忘れ去っている訳ではないのだけれど、「いない」生活が当たり前になってしまうのが、なんだか非常に寂しいという気持ち、、、、、とても分かります。

    わたしは先代の仔猫を亡くして4年になるのですが、「いない」のがいつもの生活になってしまっていて、、、、なんだか仔猫にとても申し訳ない気持ちになってしまいます。
    ときどき会話に登場することもあるし、忘れてしまったわけではないのだけれど、、、、でも今いる猫との生活に慣れきってしまっているのかもしれません。
    もっと思い出してあげないと、、、ですね。

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  2. Hoshiさん、仔猫ちゃんをなくされたんですね。お辛かったでしょう。
    どちらがいいのでしょうね。
    私みたいにいつまでもウジウジと思い出してばかりもよくないのかなあと思ったり。
    その私もこちらの生活では今の猫たちとの生活に慣れきってしまっています。
    そのくせ実家の家族には不満たらたら、一番タチが悪いですね。

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